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莢迷の旅

できれば連れて行って欲しいんだ

天才と才能

才能なんてものの存在を認めることは俺にとって負けを意味するものだ。「才能があるやつには勝てない」と言ってるのと同じだからだ。

才能があるやつなんているものか。生まれた時から完璧にできるやつなんていないだろう。

俺も中学の頃なんかは、部活でバレーやってたんだけど俺には才能がないって顧問の先生に愚痴ったよ。もちろん怒られたさ。「お前の言う才能ってなんだよ」って。練習は真面目にやんないし嫌なことからは一目散に逃げる人間が言ったことだぜ。笑っちゃうよな。嫌なことから逃げることは悪いとは思わないけど、その結果に文句をつけるのは違うだろ。

俺と同じ年齢かそれ以下で俺よりもうまいやつなんていくらでもいる。バレーにかぎらずどのジャンルでもさ。雲の上だと思ってる人にも、そのさらに上に人がいるのもわかってるだろうしさ。才能ってどの辺りのことを言うんだろうな。

 

でも天才がいるのはわかるよ。将棋の羽生さんなんて小学生の時から奨励会初段の実力あるらしいじゃねえか。ネウロとか暗殺教室描いてる松井優征さんも俺は天才だと思ってるよ。

松井さんの方はキャラの魅力も物語の展開ももちろんだけどコマ割りもすごいと思ってる。よく斜めに切ってて。商業として単行本出してないぐらいの人たちのウェブ漫画とかもよく読むんだけどさ、あんまり斜めに切らないの。枠なしのコマも少ないし。松井さんを出したのはネウロのHAL編で、吾代から3つ目のスパコンの場所を教えてもらうシーン。ネウロと吾代を挟む大きなビル。あれがすごく印象的でさ、「奇抜なコマ割りにチャレンジしてんなー」と思ったよ。たぶんそれの繰り返しで成長してんだと思うよ。

羽生さんもたぶんそう。子供の頃からいろんな手に挑戦して、その結果がどうだったとか、ひたすら将棋の手を考えてきたからあんなバケモンになったんだと思う。

その何か奇抜なものに挑戦するためには奇抜なことを思いつかなきゃいけないから、その発想力は才能じゃないかとも思うんだけど……そこを認めたら俺の負けになる。才能があるって言ったところで才能が手に入るわけじゃない。強くなれるわけじゃない。

 

俺は泣き寝入りもしたくないし慰められたくもない。ただ強くなりたい。