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莢迷の旅

できれば連れて行って欲しいんだ

アレ

http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20130619/E1371570553765.html

興味深い記事を見つけた。反省させると犯罪者になる。

悪いと思っていないのに反省文を書かせると上っ面な言葉にしかならず、自分の内面と向き合う機会をなくしてしまう。

“自分の弱さ故に負け”“自分の弱さを戒め”

彼女は本当に弱かったのか。

なぜそんなことをしたのかは本人にすらわからない。

「自分が弱かった」と上っ面だけで反省することで、強くあらねばという思考になる。

 

で、次に「じゃあどうするか」を話してて

言いたいことを全て言わせる。本音を語る。

 

これは犯罪者までいかなくても、身近な 親と子供の問題にも言えるよね。

「なぜ学校へ行かないのか」を聞かずに開口一番「学校へ行け」

こういう親、多いと思うよ。だからこそ不登校になった、っていうのもあるだろうけど。そんな親に心を開いてくれる子供がいるのか。俺だったらそんな親と何も話したくないね。俺の話を聞いてくれないんだから。

今の子供はね、「誰も俺の気持ちなんかわかっちゃくれないんだ」って人たっくさんいるんだよ。親も先生も、みんな俺の本音を聞かないで「反省しろ」だからね。

もしかすると俺みたいにおとなしい人だけじゃなくて タバコ吸うDQN達もそんな気持ちなのかもね。

 

少しそれたな。

それを話すことで自分の心の痛みを理解する。その後やっと人の気持ちも考えられるようになる。

これがスタート地点。上っ面だけじゃない、本当の反省の始まりになる。

 

いじめ問題についても。

いじめも子供の中だけじゃなく、老若男女ってかんじだよな 誰と誰の間で起こってもおかしくない問題。まあわけわかんなくなるから子供の方にフォーカスするけど。

「被害者がかわいそうだからいじめはダメ 反省しろ」じゃあダメだよね。

「なぜいじめてしまったのか」を考える

そうじゃないと次はバレないようにまたやるよな。絶対。

先生側にも、いじめが起きた時の正しい対処法みたいなのを学ばせないとダメな気がする。

先生達もいじめは悩みの種だろうし、手をつけたくない問題ではあるんだろうけど、なんで手をつけたくないかって対処法を知らないからなんだと思う。やり方を知らない面倒なことはしたくない。だから適当に上辺だけ解決したことにする。それはもはや仕方ないことだと思う。嫌なことから逃げたくなるのは俺もそうだし、誰しも一度きりでなくしたことはあるはず。立ち向かえる人の方がすごいんだよ。

人生死ぬまで勉強とも、上には上がいるともというし、30代、40代、50代の大人になったから完璧な人間ってことはない。何歳になっても子供みたいに駄々こねて逃げたくなる時はあると思う。それはきっと責められるものじゃない。もしそういうことがないというのなら、たぶん「わが校ではいじめはありません」と同じように、見てみぬふりをしているだけのはずだ。

俺も誰かにキレたくなる時はあるし、DQNとか嫌いだし、だけどDQNにはDQNなりの生き方、価値観があるだろうからそれを全否定することは自分も誰かに否定されることと同義ではないか?みたいなことを考えたくなる。人を責めてもいいものなのか。本当にわからなくなる。人を傷つけないでいられたらどんなに幸せか。少し贖罪のようにも話すけど、誰かを責めてはならないと俺が言った場合、俺も人を責めることはできない。本当にそれができるのか。責められることじゃないとさっき言った。はたして俺は責めずにいられるのだろうか?頭ではわかる。責められるものじゃない。人間は不完全なものだ。俺は人に責められたくない。傷つきたくない。だから俺も人を傷つけない。そんな簡単な話じゃないからこそ悩むんだけど。

人が人を傷つけるところも見たくない。いくらなんでも傷つきたくない、傷つけたくない、傷つけあってるのも見たくない、は贅沢な話か。

答えはまだ見つかりません。角川文庫のキャッチコピーにあったんだよ、これ

 

でまあこの話はこの辺にしよう

もう一つ気になることが書かれててな。

"犯罪者は幸せにならなければならない"

この一文だけだとん?ってなるけどちゃんと根拠があって。

犯罪者が幸せになって、人の温かさに触れることは更生するのにすごくいいそうだ。逆に不幸であり続ければ、また負の感情が爆発し犯罪を起こすだろう。

これを見て、自殺未遂者と似てるな、って思った。

というか同じなんだと思う。ベクトルが90度違うだけで。自殺未遂者も殺人者も、みんな苦しくて その不満が爆発して事を起こしちゃうんだと思う。

俺はよく不思議に思って考えるんだけど、犬や猫に自我があるのか。感情があるのか。遺伝子にプログラムされた生き物なのか。そんなことを考えるんだけど、やっぱりそうじゃないらしいんだ。ちゃんと嫌なことは嫌だと思うし、抵抗もするし、嬉しかったら嬉しいと思うし、感情はあるらしい。飼ってるわけじゃないから何も知らないんだけど。犬や猫だけじゃなくて、蜂とか蝶でも同じなんじゃないかな。

それと同じ 快楽系の犯罪者にも自我があってその人だけの苦しさがあるのかもしれない。

人の気持ちを考えるってのは大変だし危険だからアレな 別にやるなとも覚悟しとけとも言わないけど、それが普通だからとだけ言っておこう

 

 

書いてる途中に風呂入ったりミネクラフテとかしてたら書きたいこと忘れたっていうかもう疲れたから寝る